ハルオ

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 夫がソファで寝落ちしている。夕方から2人でだらだら飲んで食べてをしたので満足したのだ。わたしも満腹で気持ちが良いのでベッドで横になっているが、夫が隣にいないので眠気が来ない。夫の匂いがするベッドの中で、わたしはわたしのカメラを売った元彼のことを考えている。何せ今日はその売られたカメラを買い戻したのである。いつの日か彼を殺したいという気持ちは結構前におさまっていたようだ。もうこれでテレビで松田龍平を見て彼を思い出して息が詰まることもなくなることだろう。そういえばさっき飲みながら観ていたドラマに松田龍平が出てきたけれど、全く気にならなかった。

 夫と結婚してもうすぐ一年経つが、こんなに自由に過ごしているのは人生で初めてだと思う。子どもの頃から親の顔色ばかりうかがって生きてきた主体性のない人間だったけれど、晩ご飯に好きなものを食べられて好きな人と結婚できて、売られたことを呪ったカメラを自分で買い戻すことができて、すごく成長したしすごく幸せだと思える。今でも一人の時間を上手に使えなくて悩んでいるので、次はそこさえできるようになれば、なおのこと自由になれる気がする。買ったカメラがその糸口になればよいのだけれど。

 はっと気がついてベッドからそろりと起き上がり、ソファの後ろから夫の顔の前に手のひらを近づける。息、してる。よしよし。夫の寝息があまりにも静かだと不安になる。夫は睡眠時無呼吸症候群なので、いろいろ心配なのだ。夫に先に死なれたら、夫のことを許さない。前に夫にそう言ったら、何か悲しそうにぽつりと返されたのだが、何を言われたのかどうしても思い出せない。

 わたしはすぐ忘れる。悲しいことも楽しいこともすぐ忘れるのだ。この間できた靴擦れがカサブタになってその周辺がものすごくかゆいのだけれど、カサブタがかゆくなることなんて何年も忘れていた。会社の飲み会の企画で「人生で一番幸せだったエピソード」を聞かれて、本気で心当たりがなくて困ったこともある。今考えても思いつかない。すぐ忘れるのはわたしの長所でもあるが、不便なことも多い。それに比べて夫はなんでも覚えている。初めて二人で会った時、二人がどんな服を着ていたか、どの場所で何を話したかまで覚えているので恐ろしい。でもさすがに、初めましてをした待ち合わせ場所から一緒に数歩しか歩いていない夫に「ここ外濠公園、法政の学生が花見をして急性アルコールなんとかでその隣の病院に運ばれて、そのまま何人か死んでる」という話をいきなりしてしまい、「何言ってんだわたしは」と思ったことは自分でも覚えている。

 夫が起き出したので今日はここまで。

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